サンタクロースについて考える


 サンタの素性に関していくつかの誤解がある。第一にサンタが小父さんであるというもの、第二にサンタがひとりしかいないというもの、第三にトナカイが橇を引っ張っているというもの、第四に…いや、今日はこのくらいにしておこう。
 
 サンタの仕事は、言うまでも無く、子供の分かりにくい発音や文字を理解し、その親たちから託されたプレゼントを正式に配達する事にある。ここでいう正式とは、書類上或いは精神上のものであって、要するに、既にそこにあるものに、サンタの精神を吹き込めば充分なのであるが……というのも、実際に質量のある物体を運ぶとなるとサンタが何人いても足りなくなるからだが……そういう形態の配達であっても、サンタは現実に、各家庭を訪問しなければならない。そして、その『配達』にさいして……これが最も厄介なのだが……あの馬鹿トナカイを配達中に静かにさせければならない。そういう訳で、サンタの仕事は、とりわけ力仕事を必要とする訳では無く、寧ろ子供や動物に対する高度なコミュニケーション能力を必要とする。
 古来、子供や動物に対するコミュニケーション能力は平均的女性の方が平均的男性より高いとされている。もちろん平均とベストを混同してはならないが、少なくとも、上記の如き高度なコミュニケーション能力を持つ者が男性だけと云う事は考え難く、サンタが小父さんであるという俗信は見直す必要があろう。特に、以下に記すように、現役のサンタが少なくとも数百人はいるらしい事実を考慮にいれれば、全てのサンタが男性であるとはとても考えられない。
 ただし、この疑問だけをもって、俗信を男尊女卑の現れだとする過激な意見に筆者は必ずしも同意するものでは無い。寧ろ、世の父親たちが、仕事にかまけて子供達との共有時間を充分にとってこなかった事に対する反省と願望とがサンタの性に関する俗信を生み出したと考えても良いかも知れないからである。いずれにせよ、過去のサンタが男であったか女であったか、或いは近年のサンタが男であるか女であるか、もしくは一般論としてサンタが男であるべきか女であるべきかについては、色々な議論があって結論は出ていない。
 
 サンタが男性であるという俗信の底にはサンタが1人しか存在しないという想定がある。しかるに、サンタは決して1人ではない。これは、物理学的な考察により、かなり確からしく断定できる。
 まず、サンタが1人であると仮定する。彼もしくは彼女は、一晩の内にサンタを信じている子供のところ全部を回らなければならない。キリスト教圏の人口が約20億人だから、そのうちの純粋無垢なサンタ信者は、少なく見積もっても(3〜6歳の子供に限っても)世界中で1億は下らないと思われる。これに非キリスト教圏のサンタ信者も加わるから、1億と言うのは本当に少なめに見積もった数である。敬虔なサンタ信者が最低1億人という事は、サンタが訪問しなければならない世帯数が5000万世帯を下らない事を意味する。それをサンタはたった30時間程(ニュージーランドの24日午後9時からハワイの25日午前6時)でカバーしなければならない。1世帯当たりに直すと 0.002 秒以下である。これほど素早い動きを捉える事は、人間の目はおろか、ホームビデオでも不可能だから、その点はつじつまが合っているが、しかし、別の点で問題がある。というのも、この 0.002 秒は移動時間を含めるからである。
 例えばお隣さんの平均距離(田舎や国と国と間も含める)を少なめに 30m と見積もってみよう。すると、サンタの平均移動速度は最低でも 15 km/s となる。これは地球の公転速度よりは遅いが、人工衛星より速く、空気摩擦を考えればサンタは流れ星のように光る筈であって、サンタらしき光が未だに観測されていないという事実に反する。故に、サンタは少なくとも複数存在しなければならない。
 
 サンタがヨーロッパ、北アメリカ、南アメリカ、西大平洋の各地域に1人ずついると仮定したらどうなるか?
 例えばヨーロッパだが、総人口7億のうち、少なくとも5億がサンタの効用を認めていると考えられるから、純粋無垢なサンタ信者の数は最低でも(3〜6歳の子供に限っても)2000万人以上(1000万世帯以上)になる。これを10時間程で回らなければならないのだから、1世帯当たりに費やせる時間は 0.004 秒以下しかない。という事は、たとい、お隣さんの平均距離が 20m しかなくても、平均移動速度が 5 km/s となってしまう。これはマッハ15という超音速に相当し、よしんば空気摩擦で光らなくとも、その衝撃波爆音を聞き逃すと言うのは不自然であるし、衝撃波を受ける一般家庭の「家」に痕跡が全く残らないというのも非現実的である。もちろん、いかにも空気抵抗の塊のように見えるトナカイ橇の形が、実は衝撃波を最小限に押さえる形なのかも知れず、更に、クリスマスの夜は田舎は寒くて窓を締切り、都会は喧噪が激しいという事実を考慮するなら、マッハ15でも衝撃波爆音が聞こえない可能性を完全に否定する訳にはいかないが、矢張り、ここは科学的に不可能と考えるべきである。
 では、常識的は移動速度はどのくらいであろうか? 
 爆音を立てずに、しかも肉眼で観測され得ない程度に速く移動すると云うのが条件である。爆音を立てないのであるから、マッハ1以下でなければならない。しかるに、我々はマッハ1に近い自動車を、昼間、目で見る事が出来る。たとい夜でも、赤い服を着ているサンタなら、マッハ 0.5 (150m/s) ぐらいでも見つかってしまうだろう。従って、最低速度は 200m/s 程度と思われる。速度の上限はマッハ1未満即ち、 300m/s 程度となる。ちなみにこの速度は、トナカイの最高速度(せいぜい 10m /s)よりも遥かに速い。従って、トナカイが橇を牽いているのでは無く、橇がトナカイを運んでいると考えるのが正しい。
 この速度にお隣さんの平均距離を掛けると、1軒当たりの平均移動時間が 0.1 秒程度(どんなに見積りを広げても 0.05〜0.3 秒程度)と割り出される。一方、滞在時間については、ホームビデオの1コマ当たりの時間 0.04秒を遥かに下回らないとビデオに写ってしまうから、無視できるぐらい短い時間と考えられる。これがサンタの能力である。
 この平均所要時間からサンタの必要人数を逆算してみよう。全世界におけるサンタ信者の子供のいる世帯数を 0.5〜4 億と見積もり、これに1世帯当たりの平均所要時間 0.05〜0.3 秒を掛けると250万秒(750時間)〜1億2000万秒(30000時間)という数字が出て来る。これに対しサンタの持ち時間は最大30時間だから、サンタの必要最少数は25人−1000人と算出できる。
 
 以上の推定はあくまで最低必要人数である。サンタが実際に何人いるかは分からない。
 ただ、この数から新たな問題が生ずる事だけは述べておかなければならない。これだけの数になると、サンタの配達先を統一的に管理する組織が必要になる。ところか、どんな組織でも、その規模が数十人を超えると、もはやボスと下っ端の直接的な関係だけでは業務処理が不可能となって、中間管理職や、事務職、エンジニアなどが必要となる。これを航空会社に例えるなら、サンタはパイロットのような者であり、年間顧客数が億を数えるような会社はパイロットだけでは成り立たない。そして、このサンタクロース派遣会社の従業員は、サンタの総数よりも遥かに多い筈である。この事は、世界の航空会社の地上スタッフ総数とパイロット総数を比較すれば分かるであろう。従って、サンタクロース派遣会社は最低でも100人規模であり、もしかすると雇用者1万人を超える大企業かも知れない。
 ここの別の問題が生ずる。というのも、サンタクロース派遣会社の本拠はフィンランドかスウェーデン……トナカイの飼われている地方……に殆ど間違いないからである。フィンランドにせよスウェーデンにせよ、いずれも労働組合の強さで名だたる北欧である。当然労働組合なるものも存在する筈である。しかも、日本のようは企業別労働組合では無く、職種別労働組合である。つまり、サンタの組合と、事務職の組合と、エンジニアの組合と、トナカイ飼育係の組合と、トナカイの組合……数え出したらキリがないあろう。そして、この件に関しては考察すると長くなるに決まっているので、一旦ここで筆を止める事にする。

updated 2004-11-25 (first draft 2003-12-24)
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