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リハビリ記録その67

2008-6-8
山内正敏

 寒い5月が一転して夏の陽気になって10日程続いており(20度以上の『真夏日』が既に4日)、残雪と新緑の斑の中を快調に歩いております。

 過去の夏の重点項目は
  2003年夏:肘歩行器+膝バンド+足首固定器:試運転
  2004年夏:肘松葉杖+膝バンド+足首固定器:距離+坂
  2005年夏:普通の歩行器+膝バンド+足首固定器:距離
  2006年夏:普通の歩行器+膝バンド+足首固定器:長距離+スピード+坂
  2007年夏:肘歩行器/膝バンドなし+足首固定器:長距離+スピード+坂
  2008年夏:普通の歩行器/膝バンドなし+足首固定器:長距離+スピード+坂
という具合に変遷していて、今年の目標は、普通の歩行器で、膝バンドを使わずに普通に歩ける事(平地8キロを楽に歩く/下り坂を時速3キロで歩く/平地を時速5キロで歩く)。その為には長い距離の訓練と坂道の訓練が欠かせない訳ですが、少なくとも長い距離の訓練のほうは既に大量にこなしております。とにかくここ半月で6キロコース(アパートまでだと 7.5km)を4回、研究所からアパートまで8キロを2回も歩いているのですから、訓練の量としては上限に近いでしょう。6回も集中的に歩けば、スピードもつく道理で、6キロコースのタイムを見ると
普通の歩行器/膝バンドなし+足首固定器
   2008年 1時間35分(5/25)
   2008年 1時間31分(5/31)
   2008年 1時間29分(6/6)
   2008年 1時間28分(6/8)
ちなみに昨年一昨年は
普通の歩行器+膝バンド+足首固定器
   2006年 1時間48分(4/29)
   2006年 1時間38分(7/5)
   2006年 1時間28分(10/14)
   2007年 1時間22分(4/28)
   2007年 1時間16分(6/16)
   2007年 1時間12分(9/23)
肘歩行器/膝バンドなし+足首固定器
   2006年 2時間21分(8/26)
   2007年 2時間00分(5/20)
   2007年 1時間47分(6/23)
   2007年 1時間26分(7/21)
   2007年 1時間14分(9/22)
これを見ると、今年の新しい試みは、一回目の挑戦の段階で既にかなり良いペースで歩いているにも拘らず、それが更に良くなっているのが分かると思います。正直、こんなに早く1時間半/6キロを切れるとは思っていませんでした。というわけで、残るは坂道訓練のみ。もっとも、この坂道と云うのがくせ者で、これはまだ暫くかかりそうです。
 今年の当初の目標は、これに
肘歩行器/膝バンドなし/足首固定器なし
というのも加わっていましたが、ここで肘歩行器に戻る必要を最近感じなくなって来ているので、そのうち膝バンドなし/足首固定器なしの訓練を普通の歩行器で始めるつもりです。

 歩行器では生活の方でも進展があって、普通のトイレで尿袋を空けるのに介護の手をまったく煩わさなくなりました。トイレに行き、便器と手洗いの間の壁に歩行器を横付けして(壁に向けて固定するように停める)、それから歩行器の上にすわり、そのまま空中で尿袋を空けるという手順で、足腰の安定性の他に手と指の力も必要なので、なかなか自信を持っては出来ませんでしたが(何度かテストはしている)、先月後半より漸くルーチンとしてそれをやるようになりました。これに伴い、研究所に介護が詰める時間が大幅に減っています。というのも、本の出し入れとか書類のコピー以外に介護のやる仕事が無くなったからで、これらの雑用は滅多に無いし予定を予め立てられるので、介護が30分も研究所にいれば済む話だからです。
 歩行器以外では松葉杖も歩行訓練の重要な要素ですが、何故か昨年から歩く速度が変わっておりません。おそらくバランスの仕方が変わっているのだろうと思います。歩行器で体験する限り、膝バンドの有無でバランスの仕方が全然違いますから。もっとも、今の私にとって松葉杖訓練は、距離を伸ばしたりスピードを付けたりするより、如何にしたら膝バンド無しで歩けるようになるか、と云う方が主眼なので、スピードに進展の無い事はあまり重要ではありません。また、スピードはともかくバランスは良くなっている筈で、例えば、体操療養師に腰を支えて貰いながら、両方の杖を持ち上げたまま歩く訓練でそれを感じます。実際。半年程前に出来た後ろ向き歩行に続けて、先月は数歩ながらも横向きも出来るようになっています。
 プールの方は2月に少し出来かけた新しい訓練が少し訓練らしくなってきました。階段の5段目(水深 35cm)と4段目(水深 50cm)に片足ずつ置いて短距離の『クラウチングスタート』のように腰を上げる(膝を伸ばす)もので、現在、右前も左前も最大で3〜5回しか出来ませんが、3ヶ月前(1回出来るか出来ないか)に比べれば大きな進展です。あと、階段3段目(水深 65cm)で膝に手をついてバランス静止する訓練では、最大3分の静止(常時1分以上)が可能になりました。2年越しの訓練で、曲がりなりにも2〜3秒静止するようになったのが1年前ですが、時間と云うのは恐ろしいもので、何時しか問題なく出来るようになったと云う訳です。当然、次のステップは半段(片足だけ)上げる事ですが、一朝一夕には行かないので、現在、その準備として両手とも手すりで屈伸をしております。

 さて、研究所で介護を余り必要としなくなった事から、介護時間を更に減らす事は原理的に可能ですが、現実問題としては 雇用の問題 もあって、話は簡単ではありません。幸か不幸か、3人目の介護(ポーランド人:50〜60%)が、キルナの生活やスウェーデン語に慣れた(彼女は去年の3月に来たばかりで、6月からは既に私の所で働いていた)ことから、仕事時間を増やすべく、5月より別の身障者のところで働くようになり(そこでは85%)、それに伴って雇用の問題が無くなったので、9月から更に減らずべく調整中です。何故9月かというと、6〜8月は休暇の季節で、スウェーデンでは事務が滞り、かつ臨時介護(18歳〜25歳の連中)が交代で入って、きちんとした勤務表が作れないからです。
 予定としては週79時間(現行87時間、1年前が96時間、2年前が101時間、3年前が105時間)ですが、今度は現行2人の介護から既得権維持のような異論が出て結構大変でした。というのも総時間が減ったところで、(朝と夜)x7日/週というシフト数は変わらず、結局一人当たりのシフト数の増加を意味するからです。彼女達がシフト数を増やしたくなければ、私の介護の時間の前後に『呼び出し介護』として働く時間をくっつけるのが筋ですが(というのも、キルナ市の個人介護は全員『呼び出し介護』に所属するから)、そっちは仕事が大変だから全く考えず、楽な私のところでシフト数を増やさずに済ませようという魂胆が見え見えで、にも拘らず強烈に自己主張をするので、やはりベテランのおばさん達は押しが強い、と呆れております。特に一人は勤務日程に関してだけは毎回トラブルメーカー(一度もすんなりと勤務表が決まった事が無い)で、今回も『もう一人の介護の日程が楽だ』といちゃもんを付けて、彼女(75%)に比べて遥かにきつい日程(100%)をもう一人に押し付けようとしており、さすがに私には仲裁出来ないので(要求の過当な部分について指摘しても無意味でしたから)、市の担当者(それが仕事)に任せる事にします。
 こういうスウェーデン人介護に愛想を尽かせる身障者もスウェーデンには出て来る訳で、例えば上記のポーランド人が85%の仕事に就く事になったのも、担当の身障者(スウェーデン人)がスウェーデン人の介護を追い出した為で、そこでは今やポーランド人とベラーシ人の2人しか働いていないそうです。考えてみれば今まで私がベストと感じた介護は、外国人(その子女)か遠い村の出身者が殆どで(村の出身者は全部当たりだった)、スウェーデンの都市の出身者は僅かでした。ともかく、毎回のように介護の事は頭が痛いので、せいぜい、出来るだけ早く介護から卒業出来るようにリハビリに取り組むしかないと言った所です。もっとも、そういう意味では、面倒な介護ほどリハビリのモチベーションを高めてくれる良い介護というべきなのかも知れませんが。
 3人目の介護が移った後には、臨時で取りあえずタイ出身の女の子(8年前に母親の結婚に伴って来た)が先週まで来て、その彼女が大きなスーパーで働くのに伴い、来週から別の夏臨時が来ます。今年は3人で、そのうちの一人はスポーツの好きな人(夏の山歩き大会に出るらしい)ので、半分楽しみにはしています。というか、夏の臨時をアレンジするキルナ市の担当者も、私には特に『歩くのが好き』な人を割り当てるようで、その点は有り難い限りです。彼女が出るらしい大会は、 kungsleden (王様の散歩道) と呼ばれる600キロの山路の中の 一番有名な部分 (110km)を リュックを担いで歩く大会 で、今年は日本からも ツアー がでます。8月6日発、15日着の44万円で、まだ間に合うと思いますがどうだか。

 山歩き大会の話のついでに、無駄話をもう少し。
 臨時で取りあえず来てくれたタイ人ですが、彼女の連れ合いが、2年前のイスラエル・レバノン戦争の時に難民としてスウェーデンに来たレバノン出身の人である所から、先のレバノンでの内戦もどきに関して生々しい話を聞きました。なんでも、そのレバノン人の両親は未だにレバノンに住んでいて、1ヶ月前の紛争のとき、アパートのベランダにミサイルが落ちて来たとの事でした。亡命したくなるのも頷けます。あと、タイ人がらみでもう一つ。それは、彼女がタイの田舎出身で12歳まで田んぼの中に住んでいたにも拘らず、植物の水遣りが全く出来なかった事です。とにかく葉っぱが萎れていても、それを指摘しても、水を遣らなければならないという事を知らず、早速、そこから指導する羽目となりました。但し物覚えは早いし、介護としても見込みがあるので、秋にキープする事になるかも知れません。
 最後に新聞記事のお知らせ。2月に共同通信から気持の良い取材(『良い取材』というのを数年ぶりに受けた)があって、その記事が3〜4月にかけて全国の地方紙に掲載されています。内容は仕事とリハビリの両立の話です。web 版はきっと無いと思いますが、久々にマスコミを見直す機会だったのでお知らせまで。
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