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身近になったオーロラ

by 山内正敏

 ウェブを通して見る 全天カメラのリアルタイム・モニター は、北の星空に弱い筋オーロラが横たわっている事を示している。念のために 磁力計のリアルタイム・モニター も見ると、オーロラ嵐が準備中である事を示している。まだ始まっていないが、いつ始まってもおかしくない。少なくとも 太陽風のデータ は、今夜ほぼ確実にオーロラの爆発がある事を示している。全天カメラのデータは二十秒更新だから、目を離さなければ予兆も見逃す心配はない筈だ。場所は自宅の居間。研究所と違って窓越しにオーロラを楽しむ事は出来ないが、ベランダからはオーロラが堪能できる。つまり、まさに居ながらにして、飲みながらにして、リラックスしながらにしてオーロラを待機できる環境にある。ADSL ブロードバンドの恩恵をまさに受けた形だ。
 やがて磁力計の値が大きく動き出すや、オーロラも南に移動しはじめる。 外の気温 はマイナス5度。じっとしていても30分は粘れる気温だ。さっそくジャケットを羽織ってベランダに出る。そこからは空の半分が見える。今まで一緒に歓談していた遠来の訪問者に至っては、全天を堪能するべくアパートの外に出ていく。オーロラは次第にうねりを増し、5分も立たないうちに大きなうねりはが立ち登るや真上を覆うように緑とピンクの響宴が始まる。これを見る為に、友人達は十万円二十万円の旅費を払ってここまで来ているのだ。それだけの価値のある天龍の舞いだ。

 オーロラは何故美しいのか:
   珍しいから?
   動きが激しいから?
   光っているから?
   色が付いているから?
   厳しい環境のところで見るから?
   毎回予想も出来ないぐらいに異なるから?
   理由が分からないから?

 その総てがそろっているから、人は美しいと思う。

 オーロラの動きの妙や個性は、とても文章や写真で伝えられるものではない。現物を見る以外に理解の方法がないのだ。だが、発光する色については少しは説明できる。
 オーロラは、宇宙空間の電子(その大本は太陽で、地上の空気の平均エネルギーの1万倍)が何らかの理由で地上数百キロ(地球の直径 13000 km に比べると非常に低い)まで入り込んで、地球大気に衝突した際に発光するもので、ぶつかる相手の粒子(地球だと窒素や酸素)によって色が違う。肉眼で見える色(或いは普通の写真に撮れる色)には、頻度の高い順に緑(波長 558 nm)とピンク(波長 約 660 nm)、紫(波長 428 nm)、赤(波長 630 nm)の4色がある。これら4色の他に紫外線(例えば窒素原子)や赤外線、果ては X 線も発生するが、これらは目には見えない。
        詳しくは この図 をどうぞ。
 緑のオーロラは、宇宙空間の電子が地球に降り注ぐ際に10倍程加速され、それが酸素原子(O)にぶつかった時に発光するもので、その高さは約 100-200 kmである。
 この電子の量が多いと(エネルギーは同じ)、緑の上(高さ約 200-300 km)に紫色が薄く見えるが、これは電子が窒素イオン(N2+)にぶつかった時に出る色で、肉眼より写真やビデオのほうが写る。
 一方、ピンクは更に加速された電子(50倍程の加速)が窒素分子(N2)にぶつかった時に出る。このピンク(波長 約 660 nm)は緑のオーロラの裾(高さ約 80 km)に、舞うように激しく動きながら現れ、オーロラの爆発のあと、爆発地点より 200-300 km 北で見える事が多い。肉眼での美しさだけなら、このピンクオーロラがその動きと相まって一番だろう。だから、知らない人には本物の「赤オーロラ」(630 nm)と取り間違えられる事がある。
 しかしながら、本物の赤オーロラのほうは形態も原因も対照的で、エネルギーの低い(=太陽風とほとんど変わらない)電子が、非常に大量に大気に注ぎ込んだ時に発生し、動きが少ないのが普通だ。極めて珍しいが、その光る高さは約 200-500 kmと他のオーロラのかなり上なので、一旦出ると広い範囲で見る事ができる。まとめると以下の通りだ。
   酸素原子 (O) 高さ約 100-200 km : 緑
   窒素分子イオン (N2+) 高さ約 200-300 km : 紫
   窒素分子 (N2) 高さ約 80 km : ピンク
   酸素原子 (O) 高さ約 200-500 km : 赤
 たった4色? 4色で綺麗? これでは美しさの説明になっていない。たとえば花火を思い浮かべる。ワンパターンの形でありながら花火が美しいのは、発光し、変化するからである。たとい単色であっても花火は美しいものだ。たとえば年末年始の電飾を思い浮かべる。動きの全く無い電飾が綺麗なのは、発光しかつ色を持っているからだ。そして、オーロラにはその全てがある。夜空を光り動くだけでも充分だと言うのに、時には2つ以上の色が乱舞する。
 オーロラの色は全部で4つあるとはいえ、現実にこれら4色が同時に目に見える事は殆ど無い。 写真 には赤(波長 630 nm)と紫(波長 428 nm)と緑(波長 558 nm)が写っているが、これは極めて珍しい事なのだ。しかもである。写真によるオーロラ像は誤解を招きやすい。というのも、目で見えないほど弱い紫や赤でも、写真やビデオだと、フィルムやCCDの感度特性から、かなり明瞭に紫(コダック系統)や赤(フジ系統)に写るからだ。写真の3色にしても、肉眼で見えていたのは事実にしても、紫や赤は写真程には強くないのだ。こういう写真やビデオが出回って、観光客は機械で見たオーロラの色をイメージして北欧等のオーロラの地にやってくる。ところが、普通は緑の一色、それも緑が白か分からないぐらいの淡さで東西方向に横たわる。そこで、色だけを求める観光客の中には、或いはオーロラが自然現象である事を失念している人々の中には、この第1印象に幻滅する者がいるのだ。
 だが、オーロラの魅力はその後に始まる。この緑が強くなって、ところどころに縦長の筋が現われるようになると、上の方に紫が微かに見えることがある。そうして、爆発になって始めてピンクが裾野に現れる。そうなると、いかに色を求めていた観光客とて、その魅力が強い赤にあるのではなく、強い緑とスポットのようなピンクの配合に、そして、その激しい動きにある事に気付く。これで満足しない人間も百人に1人ぐらいはいるが、そういう人間は所詮自然の美しさを堪能する資格はない。
 緑やピンクのオーロラに見なれると、赤オーロラが恋しくなる。動きが少ない分、ダイナミックな美しさはないが、半天を染める赤は、それだけで充分に美しく、その珍しさは、たまたま赤オーロラを見た時の興奮度を沸騰させる。オーロラの地で19冬過ごしてきた私は、今までに極めて大きな赤オーロラを2回だけ見た。1回目が有名な1989年3月12日の大オーロラで、これはアラスカに大学院生として住んでいた時の事で、当時カメラを持たなかった私は悔しい思いをした。それがきっかけでカメラを手に入れた。2回目が2000年4月6日の大オーロラで、この時は徹夜で写真を撮り続けた。その時に撮ったのが前述の写真だ。赤と共に緑と紫を同時に肉眼で見たのは、後にも先にもこの時だけである。
 赤オーロラは普通のオーロラのはるか高いところで発生するだけでなく、普通のオーロラのかなり赤道側で発生する。だから、他の色のオーロラと同時に見る事がなかなか出来ないのだ。写真では赤が地平線近くに写っているが、これはとりもなおさず 1500〜2000 km 南に本体があることを意味しており、同時に写っている紫はほんの50〜100 km 南にしか発生していない事を意味する。この地理的条件が重なって、たまたま同時に3色が見えたのだ。
 どちらの大オーロラも、その時の興奮を昨日の事のように思い出す事が出来る。以下は、2000年4の大オーロラの翌日に友人宛に出したメールだ。

    メール内容はこっち

 このオーロラのあと、今度はビデオが欲しくなり、4ヶ月後には最新のビデオを購入した。それから1年、自宅に繋げたネットから太陽風の状態をチェックしては、オーロラ撮影の為に暗闇を歩き回ったものだ。ビデオの性能は想像以上に良く、緑、紫、赤の三色が完全に映るほか、動きの速いピンクもたまに捉える事が出来る。更に今年からは、冒頭に書いた二十秒更新の全天カメラの一晩のデータを翌朝一番に 速回しビデオ に落とすプログラムを走らせ始め、今は、毎朝、前夜のオーロラ活動をチェックする事が出来るようになっている。技術の発達のお陰で、オーロラを待機するのも、オーロラを再現するのも易しくなったと実感する。

written 2004-12-21 (在日スウェーデン大使館発行『ケアリング』誌・第7号掲載)
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写真
* nega-0330.jpg (4 枚) キルナ市を背景にした普通のオーロラ
* nega-0406a.jpg (13 枚) 写真としては一番出来の良い13枚
* nega-0406e.jpg (6 枚) 感度 ASA 100 で撮った赤オーロラ
* nega-0410 (6 枚) 普通のオーロラ
* posi-0402 (9 枚) 若干の赤の混ざったオーロラ(10年振りに撮影した赤オーロラ)
              フィルム(スライド)によって色が違うのが歴然としている
* posi-0406b (3 枚) ピーク時の赤オーロラで、残念ながら露出オーバーで赤紫になっている
* posi-0406c (18 枚) 赤オーロラの連続写真(時々窓越し)
              露出時間によって紫(窒素線)と赤(酸素線)の目立ち方が違う
* posi-0406d (5 枚) 赤オーロラの名残。

ビデオ
* 各種オーロラ
* 全天カメラ特選集
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